ハットの日記

いただきました。

捨てたというより、無くした、無くしちゃって

 ある日街を闊歩していた。別に目的もなくふらふらしていた。ちょっと小腹が空いたので喫茶店へ立ち寄り。アメリカンコーヒーとトーストを店員に頼んだ。のち先程購入した本をカバンから取り出す。いつも思うのだがこのカバンはレザーの質感がたまらなく好きなのだがいかんせん物を取り出しにくい。パソコンもギリギリ入らない。しかしなんだかんだ数年は使い続けている。愛着や他のカバンを新たに探すことへの気怠さ。といった様々な理由があるな。なんて考えていると商品が届いた。まだ1ページ目すら開いていない。やはりこのカバンを変えようか。この後新たなカバンを探しに行こう。とトーストを齧りながら思う。今度は忘れることなく。

 

 

ある程度本を読み。なんだか本を読んでる自分がカッコいいとも思えなくなった頃。喫茶店を後にした。現代では珍しいことマッチ箱が置いてあった。手書きでご自由にお取りください。蛍光ペンでの強調が少しミスマッチだなぁと思いつつも珍しさを手に取り。カバンに放りこんだ。

さて。カバン屋さんってこの辺りにあるのかな。まぁでもとりあえず無印良品でいいかな。自分で「良」って名乗るくらいの覚悟が見受けられるし。そもそも無印といったブランドといういかにも人間の持つ矛盾性が表れていてそんな事より春だなぁ道の側にそっとある花壇に。しかも風車があるなぁと感嘆しつつ目的へと歩いていた。

「あっ」

刹那。かるい喪失感に襲われる。とりあえず触ってみる。自分を疑ってみるのも時には大切だ。ない。自分が自分を信じなければ誰が信じるのだ。ないものはない。小5の時母親にそう言われたことが脳裏で春風の如くよぎった。すぐ冷静になる。カバンにしまったかな。あまり人はいないのだが平静を装いつつ少し先のベンチに向かう。座りカバンを太ももに置く。先程感じたズッシリとした重さ。この重さに含まれているとは到底思えないが探してみないことには始まらない。しかし本当に取り出しにくい。

本。マッチ箱。レシート。ティッシュの丸まったゴミ。本。身元不明のゴミ。綿棒(何故)。絆創膏。ゴミ。リップクリーム。電気料金延滞をお知らせする書類。爪楊枝。ガム。洗いざらいの思い出を取り出した。希望とする事実はなく後悔が見つかった。

「童貞喪失したなぁこれ」

これまで一度も童貞は無くしたことがなかった。少し誇りに思っていたくらいである。いろんな物を無くしてきた。不幸中の幸い。リップクリームが見つかり嬉しく思っている自分もいる。

とりあえず家から出る時にはあった。右後ろのジーパンのポケットに童貞をしまって家を出た。これはある種習慣になっている。間違いない。

そして本屋でも持っていた。ほぼ時計代わりに使っていた童貞。あらゆる本を吟味していたらお腹が空いた。時間を確認して本を購入した。

となると可能性が高いのは喫茶店である。あと数メートルで目的地なのだが。ないとやはり困る。そうだ。喫茶店に連絡を取ろう。あればすぐ様取りに戻り。無ければ無いで泣きながらカバンを買おう。童貞童貞っと。馬鹿か。その童貞を無くしたのだ。それに喫茶店の電話番号すら知らない。

いや知っている。再びカバンから物を取り出す。この際イライラはしまい込んだ。これだ。マッチ箱。裏面にはご丁寧に電話番号と住所が記されていた。あとは連絡の取り方だけである。カバンを肩にかけ少し放浪した。運の良いことに緑の公衆童貞が見つかった。今は上がり調子だ。きっと童貞もそこに忘れているだろう。期待しつつ10円玉を童貞に挿入した。番号を入力し待つ。電話越しに誰かが出た。聞いたことのある声だ。恐らく対応してくれた女性である。

 

「すみません。先程そこに立ち寄った者なのですけど落とし物はありませんでしたか?」

「落とし物ですか?」

「そうです。童貞なんですけど」

「童貞ですか?」

「はい。」

「実は3つ落とし物の童貞がうちにありまして...」

予想外である。3つの童貞が喫茶店にあるとは。しかし同時に確率は跳ね上がった。

「僕のはガラパゴス型のやつなんですけど。紫の。ガラパゴス型童貞です。無くしちゃって。」

「あー!それでしたらありますよ!」

「本当ですか!今すぐ取りに向かいます」

 

とりあえず不安は解消された。自分の童貞は喫茶店で保護されていたみたいだ。その後無事に取りに戻り女性の店員さんに感謝を述べた。椅子の上にあったらしい。カバンと格闘している際に気づかず置き忘れたのだと推測しながら無印良品へと向かった。ふと見ると知らない少しの傷が入っていた。今日の思い出になるなと思うと同時。童貞に傷がこれ以上付かないようコンドームもカバンと一緒に買おうと計画する。

 

 

たいして知り合いは登録されていない。用途はほぼ時計と同じ。重要度ならパソコンの方がうえである。思い入れも全く無いのだが。あの時の喪失感はなんだったのだろう。今でも少し。春風が吹くたびに考えてしまう。今日も道にある花びらの風車は回転しているだろう。